| 明治24年 7月 5日 | いはらき創刊号を発刊 |
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| 明治44年 9月10日 | 創刊20周年記念事業でいはらき受託部を設置。受託部が入る建物を本社脇に建設。広告主に自由解放。 |
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| 大正 2年 4月11日 | 「木星」欄登場。選者は横瀬夜雨。大正9年以降、若山牧水が継ぐ。 |
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| 大正 7年 3月25日 | 水戸で大火。本社、輪転機焼失。 |
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| 大正12年 5月25日 | 茨城美術展開催(隔年ごと開催)。同年11月、宇都宮支局開設。 |
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| 大正14年 9月15日 | 夕刊発行(4頁)、朝刊(4頁)とあわせ8頁建てとなる。 |
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| 昭和 5年 5月 8日 | 第1回茨城工芸展覧会を開催。現在まで続いている貴重な展覧会。 |
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| 昭和 6年 3月22日 | 東金砂、西金砂神社の大祭礼。記事37回リポート。 |
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| 昭和13年 7月26日 | 大連市内に大連支局開設。 |
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| 昭和17年 2月 1日 | 政府の1県1紙方針により水戸に本社をもつ常総新聞、土浦で発行の常南日報、古河で発行の関東毎日新聞を吸収する。この日から「いはらき」の題字を「茨城」とした。 |
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| 昭和22年 7月 5日 | 「茨城新聞」の題字を創刊時の題字「いはらき」に戻す。 |
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| 昭和23年11月 | 新聞用紙確保のため国の増産体制を背景に福島県にまたがる「炭坑版」を新設。昭和25年末まで続いた。 |
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| 昭和24年11月 3日 | いはらき長岡病院開院式。旧長岡町(現茨城町)の水戸陸軍病院長岡分院跡を活用。運営は財団法人いはらき博愛会長岡病院。 |
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| 昭和24年12月 | 県と共同で「茨城百景」選定事業を行う。 |
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| 昭和36年 4月26日 | 県と共催で奈良国宝展を開催。奈良7大寺から国宝10点重要文化財50点をを含む百点を展示。 |
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| 昭和39年 4月28日 | 紙齢2万5000号を記念して「いはらき賞」を制定。 |
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| 昭和43年 1月20日 | 共同通信社と共同で茨城政経懇話会を発足。 |
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| 昭和44年10月 4日 | 東部ニューギニア遺骨収集団に記者派遣。本格的な海外取材始まる。 |
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| 昭和48年10月15日 | 故小平浪平の業績を称え、社と財団法人小平記念会が制定した第1回小平奨励賞の贈呈式行う。 |
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| 昭和54年12月15日 | 身体障害者の国際交流を狙い、第1回希望の翼を実行。 |
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| 昭和55年 3月15日 | CTSシステムの電算写植機第1号設置。 |
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| 昭和58年 4月 7日 | 地域文化の振興と社会福祉推進のため財団法人茨城新聞文化福祉事業団を設立。 |
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| 昭和60年 1月 1日 | 科学万博に併せ、超高速カラーオフセット輪転機を導入。カラー連載「いばらき新時代」を始める。 |
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| 平成 3年 1月 1日 | 題字を「いはらき」から「茨城」に変更。 |
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| 平成 3年 7月 5日 | 創刊100周年記念大会。日展、講演会。横山大観展など開催。 |
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| 平成10年 4月13日 | 茨城プレスセンターで茨城新聞の委託印刷を始める。 |
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